儚い命

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「少し風にあたりに」  そうかと家臣は納得し再び酒を飲み始める。そんなやり取りに苦笑いしながら俺は部屋から出て廊下を歩く。 「ここらへんでいいか」  そういって腰を下ろして空を見上げる。今日は満月みたいだ。 「はぁ」  一つ溜息を洩らし今日のことを振り返る。 「戦か」  人間同士が殺しあう。いままではそんなこと考えたこともなかった。自分の人生は平和そのものだったのだな、と思う。  ふと自分の手を見る。 「くそ……」  そういって手を擦り合わせる。今日人を斬った。その感覚がまだ手に残っている。 「輝広、ここにいたのですね」  唐突に名前を呼ばれて声のほうへ振り向く。 「景虎……」  長めの黒髪を後ろで括った景虎が酒瓶を持ってにこやかに笑いながらこちらへやってくる。 「姿がないと思ったら……風にあたりに来たのですか?」  そう言いながら彼女は俺の横に腰を下ろす。彼女の頬は若干赤くなっている。 「そんなところだ、景虎は……風にあたりに来たわけじゃなさそうだな」  そういって酒瓶に視線をやる。 「実乃がうるさいので逃げてきました」  彼女は歳相応のかわいらしい笑顔を作る。 「実乃はいつもあんな感じになるのか?」 「はい」  景虎がそう答えそこからしばらくお互いに沈黙が続く。俺は気まずくなり景虎の顔から満月へ視線を移す。 「輝広、聞いてもいいですか?」  しばらくすると景虎がそう尋ねてくる。 「ん? なんだ?」  聞き返し彼女を見る。どうやら彼女も満月を見ていたようだ。 「今日、戦で人を斬ったとき、どう思いました?」  満月を見ながらそんな質問を投げかけてくる。 「人を斬って……」  俺が言葉に詰まると景虎は視線を満月から俺に移す。表情は少し硬く真剣な眼差しを向けてくる。 「もし答えるのが嫌でしたらそういってください」  その言葉を聞いて俺は決心する。 「いや、話すよ。聞いてもらったほうが俺も落ち着きそうだ」  そういって自分の両手に視線を落とす。 「人を斬ったとき、正直なんとも思わなかった。ただ斬ることだけを考えてたよ」  両手から満月に視線を移す。 「でも、今になって怖くなってきた」  そういうと景虎がそうですかとつぶやくのが聴こえた。
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