一 こころ

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 ブリキのドアノブを回すとき、ちょっと勇気がいった。誰かの家みたいなのだ。だけどドアを開けた先には、天井まで届く壁一面の本棚が広がっていた。ボルドーの絨毯が敷かれていて、靴を脱ぐスペースはないようだからこのまま入っていいんだろう。壁以外にもあたしの背丈くらいの本棚がいくつかあるけど、そこに人の気配はない。左奥のカウンターにも人の姿はない。 「司書の先生とかいないのかな?」  あたしは足を踏み入れた。右奥には階段があるから、もしかしたら司書の先生は二階にいるのかもしれない。あたしは上へと向かった。  二階はギャラリーのようになっていた。壁にいくつか絵や写真が飾られていて、やっぱり資料館なんだなぁと思った。  奥に扉が一つある。扉はちょっと開いていて、そこから声が聞こえてくる。やっぱり司書の先生はいるようだ。  あたしは扉に近付いた。 「……在るべき場所へと戻りたまえ」  その部屋には一人の男の人がいた。その男の人はテーブルに向かっていて、横顔が見えるけれどあたしには気づいていないようだ。  問題はテーブルに置かれた本である。なんとその本からは黒いもやのようなものが立ち上っていたのだ。  そのもやは、男の人が手にした本へと吸い込まれていく。  あまりに幻想的な光景に、あたしは思わず一歩下がった。そのときに扉に当たってカタンと音を立ててしまう。  男の人はばっと振り返った。 「……見たか?」  すごいイケメンだった。黒髪は無造作にセットされていて、一重の目はあたしの好きな俳優に似てる。背はあたしより頭一つ高いかな。  あたしがぼんやりしていると、その人はずんずん近付いてきた。 「おい、今のを見たかと聞いてる」  目の前に端整な顔立ちが迫って焦った。イケメンの直視は心臓に悪い。 「えっと、あの……」 「ちっ、見たのかよ。めんどうだな」  ん? 今舌打ちが聞こえたような気がしたけど気のせいかな……? 「なんでここにガキがいんだよ」 「はぁ!? ここは学校です! あなたの方が部外者なんじゃないんですか!?」  イメージ訂正。性悪イケメンだ。初対面でなんでガキ呼ばわりされないといけないの!  こんな若い人が司書なわけない。不審者なら先生に知らせないと……。
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