序章 推理小説

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 待ち合わせ場所の喫茶店は、H駅前の商店街にある。  僕は小脇に茶色いA4判の封筒を抱えていた。それなりの重量感がある。中にはA4版で一行四十字、四十行の紙が五十枚程入っている。  目的の喫茶店の名前は『倫敦』。『ロンドン』と読むのを知ったのは、ここ数年のことだ。それ以前は『りんきょう』だとか『りんあつ』などと勝手に読んでいた。  『倫敦』は雑居ビルの一階で、その雑居ビルの両隣もまた別の雑居ビルが建っている。どの雑居ビルも道路に面している辺は両手を広げれば事足りる程度の幅しかない。なんとなく長屋を思わせる様相だった。ドアや窓は全て木枠に嵌められていて、開店から幾年も経ち赴きがある。  時の経過を感じさせるドアは、その割にすんなりと開いた。チリンチリンと、カウベルが小気味のいい音を立てる。店先が狭ければ店内も狭い。けれど、BARを思わせるシックな雰囲気に統一された店内は、それをまったく気にさせない。
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