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だぁ、かぁ、らあぁぁぁぁ!!ぅぅうああああ!
ここは何処だ。
なぜ俺はこんな喫茶店に来ているんだ?
目の前のカップに入っている黒い液体は、何だろう。
コー……ヒー?
「……だから。『出張だ』って言ってあなたが出かけた先月の週末。本当は伊豆の温泉宿に行っていたのでしょう?」
……え?
目の前の女性は、俺に話しかけているのか?
「……あなた、昔からそうよ。自分が窮地に追い詰められると記憶喪失になるのよね。
でも、安心して。
記憶を失っても、ここに明細書類と同行した女性の証言、それに宿の人のサービスで行っている記念写真のデータ。全て揃っているから」
ペラペラと話す女性は、テーブルの上にそれらの書類を並べ始め、最後に緑色の書類を置いた。
「もう、離婚しましょ。あなた」
あなた。
俺の事をそう呼ぶ女性は、左指のリングをテーブルに置いた。
「……おれは!
オマエとこれからのっ……せっ……い……かつ……をっ!!!
二人のぉ!!未来をぉ!!!!
こんな#のっ……な@んでこん#なっ!
おぅ?☆5*れっ!が$%→ぴぅ〆れぃ!!
うううううああぁぁぁぉぁぁ!!!!」
ーーーー
目の前で大袈裟な猿芝居で泣き崩れる夫が、私は余りにも情けなくて目を逸らした。
ここまでバレバレな行動をしておいて、何が『2人の未来を』だ。
どこぞの議員じゃあるまいし。
昔は良い男だったのに。
見るに耐えられず外をながめていたら、テーブルに突っ伏して泣いている夫の顔の下から、なにやらモシャモシャと音がした。
「……あっ!!
離婚届、食べたわね!?」
「俺は知らない!
俺は知らないんだぁぁぁぁぁあ!!」
アホにしか見えない目の前の男のせいで、握りこぶしに痛い程力が入ってしまう。
「……そこまで言うなら、忘れさせてあげるわ」
その日、ある夫婦の妻による突発的な犯行によって本当の記憶喪失騒ぎがその喫茶店で起こったことは、その後語り継がれる事となるーーーー。
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