白狐あやかし絵巻

3/10
前へ
/10ページ
次へ
「ごめんなさい……沙雪……」 「う……」  姉さまだ。 腰まで流るる髪に、緋色の桜をあしらった簪を一本さし、漆黒の着物に、漆黒の袴。 この世でたった一人の、あたしの双児の姉さま。 そしてー この里を統べる生き神。 漆黒の巫女。 「許して……!」 姉さまの唇が声もなく、その形で動くさまを、あたしは見逃さなかった。 ひとすじの涙が、その頬をつたう。 あたしは、おもいきり笑ってみせる。 『大丈夫だよ』 『これは、あたしが選んだことなの。 あたしが誰かの力になれる、たった一つの真実だったから』 『だから、泣かないで。これでいいのだと…… あたしの命が、みんなを照らす灯りになるのだと。そう、信じたから』 あたしには言葉が紡げない。 だから、思いきり笑うの……! 笑って。 後悔なんかないって。 幸せなんだって。少しでも心が伝わるように願いながら……! 「白狐の縄をとけー!篝火の前へ!」 その声にはじかれて祭壇をあおぎみる。 円御前だわ。 彼女はこの里の長だ。 切れ長のはっきりした瞳。長い髪を一つに高く結いあげて、 深紅の甲冑をまとう姿はまるで 宵闇に咲く椿のようにみえる。 血のよう な椿めいた彼女が、松明を片手にもちあたしに向かって歩いてきた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加