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そう、私は、歌を歌っていた。
どうしてこんな状況で歌を歌っていたのか、何の曲を歌っていたのかも分からない。
でも何かを呟くように歌い続けていたのだということは、カラカラに乾いた喉が教えてくれた。
「どうして歌っていたの?」
その人はいまや、完全に足を止めて、私に向かいあっていた。
私と彼の間には、三歩の間合い。
それは道路の上に足を止めた彼と、植樹帯に入り込んだ私との距離でもあった。
私は足を止めて、埋もれるように、隠れるように世界に溶け込んでいるのに対し、彼は活発に動き回る人々の中にいる。
静と動の、間合い。
向こう側の世界からの問いかけに、私はしばらく瞳を伏せて考えてみた。
最後まで残っていた夕焼けが、アスファルトの上をスルスルと引いていく。
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