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「……帰れない、から」
代わりに闇がサラサラと広がっていく様は、さっき私がフローリングにぶちまけた赤出汁のお味噌汁に似ていると思った。
同時に、激しい吐き気が私を襲う。
入り乱れた食べ物のにおい。
耳の奥をかき乱す罵声。
それを私の中から追い出そうとするかのように、急に心臓が暴れ出す。
私は思わず服の上から心臓に指を喰い込ませた。
このまま突き破ってしまえば、この不愉快な拍動も消えるような気がしたから。
そう、いっそのこと。
止めてしまえば、こんなみじめな思いはしなくてもいいのかもしれない。
ずっとずっと昔から心の中に巣くっていたくせに、あとひとつの勇気がなくて選べなかった甘い誘いが、今こそとばかりに這いずり出てくる。
『もう後戻りなんてできない今なら、この手をとれるだろ?』とばかりに。
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