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「じゃあ、俺の所に来る?」
一瞬、その甘い誘惑が形になったんだと思った。
うつむいた視界の中に現れたのは、大きくて分厚い手だった。
現場で働く手だな、と思った。
カサカサに乾いて、何かの汁に触れた、しみのある手。
でもその手は私に囁く誘惑が形を取ったにしては、生きる力にあふれていた。
指を、抜く。
薄い私の胸をえぐり抜こうとしていた指を。
そのまま顔を上げると、相手はいつの間にか三歩の間合いを詰めていた。
彼の瞳の中に、生気を感じさせない冴えない女が映り込んでいる。
「俺と一緒に、行く?」
スルリと、世界が闇に落ちる。
ぼんやりとした灯りが浮かび上がらせるには、ここはあまりに遠すぎる。
植樹帯という深淵にいる私達の姿を浮かび上がらせてくれるような灯りなんて、周囲には何一つとしてなかった。
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