二日目 The Selfish gene

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二日目 The Selfish gene

 微生物、主に菌やウィルスは病原体として人間に忌み嫌われる傾向にあるが、それは不当な評価である。  奴らに他意は無い。他種に対する意図など何も抱えていない。  遺伝子の存在意義はあくまで自己中心的である。遺伝子の複製、繁殖、それのみが生物としての最大で唯一の目的なのだ。その過程のどこかで他の生物を害する結果となろうとも、たまたまのこと。  ――と、教授は言った。私は彼女からこの一説を学んで、感心したのを憶えている。 *  主任と自称した男は私の身の拘束を解き、ベージュ色のプロテイン・シェイクが入ったタンブラーと着替えを置いて、部屋を去った。ベルトを外されても私はすぐには動けなかった。と言うのも、麻酔の名残が下半身に残っていたからだ。  与えられた栄養を摂取し、寝間着の袖に腕を通すと、いくらか人心地がついた。それから半日寝込み、再び目を覚ました。 (ひどいものだな)  私が起きたベッド(?)の後ろには洗面台と洋式の便器がある。つまりはそういうことだった。  なんて無茶な話だろうか。私に此処でずっと生活しろと、暗に命じているのだ。  独房。部屋の隅の監視カメラだけでなく、腰から上の高さの壁はガラスでできていた。こちらからは鏡に見えてしまうが、私はそんなものに騙されやしない。マジックミラーと考えるのが妥当だ。私の一挙一動は見張られている。  これまでに扱ってきたモルモットに申し訳ない気持ちになってきた。 (そうか、私はモルモットを扱う研究に携わっていたのだな)  あれから時々こうして、過去に関する記憶を手繰り寄せることがある。しかしどうしても、肝心なことは思い出せない。  主任に至っては私に「執着」が芽生えないようにと、あれ以上は何を訊いてもかわされてしまった。 (そもそも此処はどこなのか。あの言い方だと、故郷たる日本ではないな)  情報が欲しい。己の内に見つからない以上、外から仕入れるとしよう。  私は便器の蓋を閉じて腰を掛け、壁に背を預ける振りをして、ミラーの向こうの音を拾わんと耳をそばだてた。案の定、言葉の応酬が微かに聴こえる。会話の内容を必死に拾うと、それはアメリカ英語で交わされていた。 「Why do you suppose he's the only one that survived?」 (なあ、何であいつだけ生き残ったんだと思う?)
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