1人が本棚に入れています
本棚に追加
/26ページ
客たちは、また帰る素振りはない。俺は、本を戻しながら、もう一度日向文庫を見つめた。他の客が持っていないことを見てから、数えた。249冊。此処に収まる筈の1冊は俺の部屋にある。謎か?記憶の欠片か。
「真実はいつも一つ」アニメの小さな探偵の決め台詞。新しい記憶が上書きされても、変わるわけじゃない。別のものになるわけでもない。俺は俺のまま、気持ち悪さを抱えながら、記憶の謎解きをして行く。ポケットの中で、ガラス玉を握りしめた。
「ごちそうさま」
と言って、代金を払う。キラさんの姿はなかった。
「美味しかった。静かだし、また来ます」
「ありがとうございます。お待ちしています」
「キラさんによろしく」
「はい」
男の顔が、泣きそうに見えた。
ドアを開けると、来た時と同じ雨が止まずに降っていた。湿った空気が、すっと流れ込んで来る。
煙るような雨に濡れた、cafesummertimeの文字。夏時間。その欠片を俺は持っているのかもしれない。
濡れた草を踏みながら、振り返った。
「香坂」
そう呼ばれた気がして。
ガラス戸の向こうに立って見送る男に、俺は何故だか片手を挙げていた。
最初のコメントを投稿しよう!