夏時間の欠片

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客たちは、また帰る素振りはない。俺は、本を戻しながら、もう一度日向文庫を見つめた。他の客が持っていないことを見てから、数えた。249冊。此処に収まる筈の1冊は俺の部屋にある。謎か?記憶の欠片か。 「真実はいつも一つ」アニメの小さな探偵の決め台詞。新しい記憶が上書きされても、変わるわけじゃない。別のものになるわけでもない。俺は俺のまま、気持ち悪さを抱えながら、記憶の謎解きをして行く。ポケットの中で、ガラス玉を握りしめた。 「ごちそうさま」 と言って、代金を払う。キラさんの姿はなかった。 「美味しかった。静かだし、また来ます」 「ありがとうございます。お待ちしています」 「キラさんによろしく」 「はい」 男の顔が、泣きそうに見えた。 ドアを開けると、来た時と同じ雨が止まずに降っていた。湿った空気が、すっと流れ込んで来る。 煙るような雨に濡れた、cafesummertimeの文字。夏時間。その欠片を俺は持っているのかもしれない。 濡れた草を踏みながら、振り返った。 「香坂」 そう呼ばれた気がして。 ガラス戸の向こうに立って見送る男に、俺は何故だか片手を挙げていた。
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