夏時間の欠片

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新しい記憶で満たすべき…。べきか?上から目線だな。抜け落ちた記憶の、その場所に、別の記憶が当てはまる筈などないだろう。それはそれで、忘れろとでも言うのか。全ての記憶を消失したのなら、おそらく、恐怖と不安と、世界中の負の感情を背負った気分で、死にたくもなるかもしれないし、或いは、自分探しの旅に出るかもしれない。新しい記憶で満たすために。 でも…。 コーヒーをひと口飲んで、丸い白砂糖を一つ入れた。ブラウンシュガーが良かったな。そんなことを思いながら、もうひと口飲む。 ページをめくる音、カップが触れる音、時々、強く降る雨音。静かな静かな時間が流れている。 俺は、手にした本を読むでもなく広げて、ぼんやりしていた。ケーキの欠片が、奥の穴に詰まって、チクッとした。 人の死と痛み、そして記憶。それらは似ているかもしれない。時間と共に忘却する。
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