第1章

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 テーブルわきに行儀よくおさめられた紙ナプキンの模様を何となく目で追った。ただそれだけでは、宙に舞う羽毛を掴もうとするかのように考えはまとまらない。  ボクは樺北という名前から思い出されるなけなしの記憶を辿り……あまり話したことがないからどうしても曖昧だ。大柄な印象、髪は長かったか? 声は、他人を落ち着かせるために産まれてきたみたいに低くて、それは鈴谷にはお似合いかもしれない、他には確か、好きな食べ物とか、出身地とか、それから……ふと、気がつく。 「……あれ、樺北さんって――」  鈴谷はボクの心を読んだのか、待ってましたとばかりに――それは例えば、バレンタインデーにこぞってチョコレートを売り出すデパートを彷彿とさせた――、深く頷いた。 「ええ、それでご相談なんです」  話はまだ続きそうだったけれど時間切れ、長居はできないらしい。ボクらはどこか機械化した、表面上はすまなそうな店員の言いつけを、子供のお使いみたいに律儀に守って、すぐに10分もせずそこを出てしまった。  せっかくの特別なお昼を半分も残さなければならないまま、ボクらは近くの公園へと場所を移すことになる。  あまり元気のなさそうな後輩、といっても、そこまでちゃんと同じ組織に所属していたとか、指導するされるの関係だったとかいうわけではないけれど、その雰囲気に当てられてか、ボクは新鮮な空気が吸いたいと思っていたから、正直なところありがたかった。そうすることで頭の中の風通しを良くして、少しでもこれからの物事をすっきりクリアに考えたかった。  それは、つまり、樺北さんについて忘れてはならないことが一つある。人間に最も基本的なことで、そしてまた、街頭で配られているポケットティッシュのようにある意味で最も粗末にされがちなもの。  公園の入り口からしばらく歩いたところにあるベンチに座ったまま、ボクはどう切り出そうか、というより話し始めるのは鈴谷からではないのか、と勝手なことを思いながら様子をうかがい続けていた。彼女もまた、口を開こうとするらしいのだけれど、屋上に呼び出したのに中々告白に踏み切れない時のように身じろぎして、お尻に敷いたハンカチの薄い水色にできるしわが時折、そのかすかにお尻が動くのに合わせて線を変える。 「あ、あのー…」  鈴谷の言葉に、思わず大げさに反応してしまう。 「お、お尻に何か、汚れてます?」
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