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「いや違う違う、なんでもない、ごめん」
「は、はぁ……」
彼女はどことなく警戒する素振りのまま、ハンカチを両手でピンと伸ばして、それと同時に背筋もまっすぐに、どこか遠くの景色、この公園で言えば植木の向こうの住宅地とビジネス街の境目。あの辺りに樺北さんが副マネージャーを務める雑貨屋がある、とそんなことを思った。
停滞していた空気が、ほんの少しだけ動いた気がした。
「……あんまり歳も違わないのにすごいねって、よく話してたんです……」
「うん」
「その内、人手が足りないからってお手伝いするようになって」
スズメが二匹飛んで来て、まるで話を聞くかのようにこちらを見上げている。そういえばボクと鈴谷以外には、昼下がりの気持ちのよい時間だというのに人影はないようだった。それが却って、鈴谷の口をまだ重くさせているような気もした。
「気がついたら家族みたいに――家族よりも、ひよりちゃんと一緒にいたから、だからかもしれません」
「小学生からだっけ」
「はい、憶えている限りは……」
樺北ひよりは、ボクにとっては確かにただの知り合いの、なんだかすごく色々な事をやっているお姉さんだという程度でしかないけれど、鈴谷みのりという女の子にとっては幼なじみで、近くて、そして何より、同じ性別として繋がる人間で。それはまるで、三人を結ぶ糸電話の一本だけが弛んで何も聞こえてこない状態。
ボクはそれをどうにかしようとして、千切れてしまっても、絡んでしまってもだめで。
「あんまりちゃんとしたアドバイスできないと思うけど」と、だからボクはどうしても、遠慮がちになる気持ちを抑えられないでいた。そのたるんだ糸を、アン人にきちんとピンと張り直す方法が分からなくて。
「そんなことないです、桐生さんにも聞いたんです、その、よく話を聞いてもらってるって」
「……いや、でもそれはホラ、同じ男同士だったから」
彼女の顔が、それがどうしたんですか、と尋ねているように見えた。地面をついばんでいたスズメの一羽がいつの間にか飛んでいってしまっていて、残された方が手持ち無沙汰に、じっとボクらの足元を眺めている。
「男女じゃやっぱり、問題が違うよ」
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