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あぁ、またボールが頭の上を越えていく。
身長の低い僕にとっては日常茶飯事だ。
「淳! 早くボールを拾いに行け」
「はい!」
先輩の命令に素直に返事をして、地面に転がるボールに向けて走る。
自らの呼吸音が身体を震わせた。
汗が目に入り、一旦立ち止まり、また走り出す。
このボール拾いも日常茶飯事だ。
そうしてようやく辿り着き、止まっているボールを拾おうとした時、先にそのボールを綺麗な手がヒョイっとつまんだ。
「おっす、淳。今日も頑張ってるね」
白い野球帽を被ったそいつは、先輩に向けて掴んだボールを放る。
井上一太(イノウエイチタ)
みんなからイッタと呼ばれるそいつは、僕と同じ野球部だ。一年生からレギュラーで大会に出場し、二年生になった今年からは投手に転向。エースとして活躍している。
今までベンチ入りすらしたことも無い僕とは正反対の存在であるが、一応小学生からの付き合いということもあり親友ではある。
「イッタ! お前来るの遅すぎだろ!」
「すまん、掃除が中々終わらなくて」
「そんな時間のかかる掃除はねぇよ」
「いや、少し女の子の心の掃除をね」
イッタはそう言うとニカッと白い歯を見せる。
あぁ、麻里ちゃんのことね。
麻里ちゃんというのは、最近イッタと付き合い始めた、小柄で明るい女の子だ。
イッタは束縛が強くて大変だと前に言っていたが、それは色々な女の子に声をかけるイッタが悪いと僕は思っている。
「お前さ、野球か彼女かどっちが大切なんだよ」
「どっちもだよ」
イッタは間髪を入れずに即答した。
「まぁ、恋すらしたことのないお前には分からないだろうな」
イッタの意地悪な顔を俺は軽くビンタする。
なんだろうな。
少しイラっとした。
イッタが言う通り、僕、斎藤 淳(サイトウアツシ)はこの時点で彼女はおろか、恋すらしたことがなかった。
人を好きになるということが分からなかったし、女の子からもモテなかった。
けれど友達もいたし、楽しく生きてはいたかな。
分かったふりをしていて、なにも分かってはいなかったけどーー
この物語はそんな僕が楽しい中学生二年生の時間を歩んでいるところから始まる。
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