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僕は惹き寄せられるように電話ボックスに近寄り、扉を開けた。ギィッと錆びた音がしたけど、中は綺麗なようだ。
中学の卒業式。担任の先生が話してくれた。
尊敬する恩師というのがいたらしく、その人が卒業式の日に、ひとりひとりに十円玉をくれた事。
"明日は 明日は きっと来るから"
"苦しいときには 電話をかけて来い"
そう励ましてくれた事。
僕らはあの頃、ただなんとなくいい話だなぁとしか聞いていなかったろう。鼻で笑うやつもいた。
僕がこうしてあの時の十円玉を握りしめているという事は、きっと先生の言葉が胸にしっかりと刻まれていたからだろう。
僕は携帯電話よりずっと重い受話器を持ち上げた。
使い方……わからない。
これは記憶喪失のせいじゃなく、使った事がないからだ。僕は受話器を胸に抱いたまま、その場にしゃがみこんだ。
涙が溢れて止まらなくて、受話器を通じて胸の音が手のひらに伝わってきた。
先生、僕はきっと電話はかけません。
でもこの十円玉は僕のお守りで宝物です。
先生の言葉は、僕を生かしてくれました。
誰の目にも止まらないこの狭い空間で、思う存分に涙を流した。
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