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いつの間にか自転車のお巡りさんは見えなくなっていた。どうやら僕の足が勝ったらしい。……全く嬉しくない勝利だ。
走るのをやめ、呼吸を整えながら路地を歩いていく。
もう、思い出していた。
僕という人間を。
家族という安らぎを。
家は、この先だ。
でも、両親の葬儀が済んでからは近寄ってすらいなかった。進学した高校が全寮制だった事もあったが、近寄りたくなかったんだ。
「……父さん……かぁさん……」
自然に涙が溢れてきて、少し戸惑う。
硬く握りしめたこぶしで涙を拭おうとした時、手のひらに痛みが走った。
それは、さっき走ってきた時もけして離さず、握りしめていた十円玉。手のひらの皮が少し剥けて血がにじんでいた。
"苦しいときには……"
懐かしい声が聞こえた気がした。
もう、全てを思い出したかと思ったのに、まだ忘れている事があるのか。
僕は一度だけかつて暮らした家を見つめ、目に焼き付けてから背中を向けて歩き出した。
僕にはもう、何もない。
そう悲観に暮れて、溺れて、沈んで、二度と浮かび上がらない。
心が軋むと、不思議と心臓のポンプは静かに波打っていた。
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