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いびつな
「にしてもや、動機は何なん、動機は?」
「動機は……わからない。論理的に推理で導き出せるのはここまで。そのことに関しては、あまりに情報がなさすぎるもの。それに事件のような、もうすでに起こってしまった結果の形と違って、人間の心は常に変化して形がないから、心という謎を完全に解くことはできない。どんなに信頼し合ったって、どんなに愛し合ったって、人間はお互い100%わかり合うことなんかできないもの」
「せやけど、せやけどや、なんで和也は自分の父親を殺したんや……」
「わかった。カズくんが納得するとは思えないし、これですべて説明がつくとも思えないけど、わたしの想像の範囲で殺人の動機を推測してみる」
「お願い……します」
「うん、でも余計にカズくんのショックが大きくなるよ。わたしはそれがつらい」
「大丈夫。ちゃんと真実を受け止める」
「うん……わかった。和也くんは15歳で多感な年頃だし、受験生だからふだんからストレスも多かったと思う」
「そうやろうなあ」
「そういう背景があることを念頭に置いたうえで結論から言うと、和也くんはたぶんキャッチボールが嫌になったんじゃないかなあ」
「キャッチボール? って、野球の?」
「わたしが言ってるキャッチボールは、敬一さんが常日頃言ってたキャッチボール」
「ああ、コミュニケーションのことか」
「そう……たぶん敬一さんの考えるキャッチボールと、和也くんが考えるキャッチボールは違ったんじゃないかな」
「うーん、話が見えないなあ」
「具体的に言うとね、和也くんは父親の考え方や生き方が気に喰わなかったのよ。例えば、遺産相続の話。敬一さんが慶重郎さんの申し出を断固拒否していたことに関して、和也くんは思うところがあったんじゃないかな。例えばの例えばになるけれど、『なんで親父は素直にじいちゃんの言うこと聞かないんだ、会社の跡継いで財産もらえばいいのに、オレはこれ以上貧乏な生活は嫌だし父親の自己満ヒロイズムに付き合わされるのはご免だ、家族のために生きるだなんて競争社会で闘わない逃亡者の言い訳じゃないか』……そんなふうに和也くんは思っていたのかも」
「……敬一のこと、そんなふうに思っていたの?」
「あくまでも一つの見方、別の角度から価値判断すれば、そういう解釈も成り立つってこと。和也くんが父親を殺害し、アリバイを偽装するために使った振り子トリックって、敬一さんのコミュニケーション=キャッチボール論と根本的に考え方を異にする、一方的な排除や剥奪の表現のように思えるの」
「いや、ぼくが言ってるのは、松下さんがってこと」
「ああ……。どうだろ、わたしは真面目な敬一さんのこと嫌いじゃなかったけど、敬一さんの方はわたしのこと本音ではどう思ってたかわからないから」
「それは──」
「いいえ、カズくん。敬一さんは融通の利かない性格だしストレートの人間だから、わたしみたいなオカマのことは理解できなかったはず」
そう言って、クイーン(俗語でホモセクシャルの女役の意)の松下智美は悲しそうに微笑んだ。
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