それが社会で生きるってこと

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 それが社会で生きるってこと

「海外旅行するたびパスポートの、事務的に記載された戸籍上の性別記号や男っぽく撮らなきゃいけなかった証明写真を見て嫌になる。今のこのリアルな自分が、否定されているみたいでいつも傷つく」 「……うん」 「でも、外国なら誰もわたしがオカマだってこと知らないから、凄く気が楽なのよ。人の目を気にせず、肩の力を張らないで、伸び伸びと自由に本当の自分でいられるんだもの。今でこそオネエ系みたいに、オカマ言葉もオカマキャラも社会的に認知されるようになったけど、それはあくまでもキャラ(、、、)として許されている感じ。もちろんカズくんみたいにオカマの存在を理解してくれ、ううん、そればかりか、こんなわたしを心から愛してくれる人もいるけど、世の中まだまだ寛容な人ばかりじゃない」 「それはそうかもしれんけど──」 「良子さんだって『でも女性には生理があるから』って何気なく発言してたけど、女性なら三ヶ月間も生理止めるのはおかしいから、肉体的にも女になろうと毎日ホルモン剤飲んでるわたしへの、当てこすりだったんでしょうね。良子さんに嫉妬して言ってるわけじゃないのよ。だって彼女は本当にいい人だし、カズくんがわたしみたいなオカマしか好きにならないのは知っているし。わたしが『フーコー観に行く』と言ったからって、哲学者のフーコーと勘違いしたのには、皮肉じゃなく本当にただ可笑しかったけれど」 「えっ、なんで?」 「有名な哲学者で同性愛者(、、、、)だったフーコーは確かにフランス人ではあったけど、もうとっくに亡くなってるし、『パンテオンに』とまで言ったのに」 「へっ? それがどうしたの」 「パンテオンって、『フーコーの振り子』が展示されている有名なとこだもの。それを観ていたおかげでわたしは、振り子トリックがすぐ浮かんだの。わたしが言ったのは、科学者のフーコーのことだったのよ。もっとも、こっちのフランス人もとっくに亡くなっているけどね」  途中暗くシリアスになったものの、しまいにはそう屈託なく松下は笑った。  パートナーに笑顔が戻ってホッと一息吐く徳丸だったが、もう一つの深刻な事態を思い出し青ざめた。 「和也はどうすればいいんやろう?」 「警察に通報するしかないでしょうね。それが社会で生きるってことだもの……」  再び悲しげな表情になり、松下はつぶやいた。
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