第1章

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*** 「ひどい出来だった」  老父が、吐き捨てるように側近の男に言った。 「何が父さんだ。滑稽極まりない」 「しかし、博士の子供と言えなくもありませんよ。ひな形はあなたなのですから」 「子供では駄目なんだ。同一でなくては」  廊下を進み、彼は自らの研究室に戻る。 広い部屋に置かれた自らのデスクに腰を掛けると、ため息をついた。 「すぐに実験体を開頭しろ。今回の人格データは全消去だ」 「了解しました」  側にいた男が頭を下げ、部屋を出る。  机に置かれた書類を見ながら、老いた科学者はつぶやいた。 「DNAはおろか神経細胞や脳細胞、感覚機能に至るまで完璧に私を再現したと思っていたのに……やはり、人間の記憶とは奥が深い」  少しすれば、彼のクローンは、脳内の電極によって記憶と人格を再構築される。 そして消去された『以前の男』の人格に、永遠に朝はやってこない。 「……まだまだ死ねぬな」  彼はつぶやき、ディスプレイ上の膨大なデータファイルを見やった。  老い先短い自分の研究を継ぐ『第二の天才学者』の誕生を信じて。
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