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老父が立ち去ってからというもの、男は毎日ベッドサイドに置かれたモニターを眺めた。
親友だったという初老の巨漢。
子どもだという壮年の女。
長い付き合いだというチェスクラブの会員。
部下だという白衣の男。
様々な人間の思い出話を熱心に聞いていた男も、何十回と繰り返すうちに萎れていった。
――何も思い出せない。何も引っかからない。
無駄な五日間のせいで表情が死んだころ、再び枯れ木のような老父が現れた。以前より足取りが重く、横にいる男性に脇を支えられている。
「何か思い出せたかね」
「……いえ……」
「そうか。残念だ」
「あの……死ぬなんて嘘ですよね。まさか殺したりしないですよね? いったい僕が何をしたっていうんですか」
「何もしとらんよ」
「だったらどうして……!」
「分からんか。しかし、分からんからお前は死ぬのだ」
こともなげにそう言うと、彼は胸ポケットに手を入れる。
干からびたような指先が、黒い手鏡を取り出した。
「最後の情けに、これを見せてやろう。少しでも思うところがあれば、それは、私のDNAが少しは仕事をしているということになる」
突き出された鏡には、恐怖をにじませた若い男自身の顔が映っていた。
驚くほど端正な、美男子と言っていい顔立ち。
見開かれた目は美しいダークグリーンで、ぽっかりと開いた口の下には二個のほくろがあった。
「僕は……もしかして」
再び、老いた男は踵を返した。
何の感慨もないらしく、彼の返答を聞こうともしない。
檻の中の男は鉄格子に飛びつくと、その背中にたたきつけるように絶叫した。
「どうして……
どうしてなんだ、父さん!」
プスン、と頭の上で音がした。
ヘルメットから何かが直接脳に注がれる。
脱ぎ棄てようと足掻く暇もなく、彼は床にくずおれた。
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