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Ⅰ
日本西洋絵画展。私が今月、一番楽しみにしていた催し物だ。
名前を見ると一見矛盾しているようだが、この展覧会は明治維新後、西洋化が進んだ時代に日本で描かれた西洋式の絵画を展示しているという。私もこの奇妙な名前につられた一人だが。
最寄りの駅から十五分ほど歩くと、小さな画廊が見えた。
チケットを買い中へ入ると、別世界が広がった。白い壁にほどよい間隔で吊られた町娘や踊り子、優美な花の絵、過ぎ行く人々の足音、それら全てが私の官能に訴えかける。気づけば、私は感嘆の溜息を漏らしていた。
さらに奥へ進むと、ある男が私の心を捕らえた。
「はあっ…何だ、この絵は…!」
題は『地図を見る男』、1890年代の作品らしい。
私は絵画に精通してはいないが、それでもこの絵が突出した才能を持った画家によって描かれたことは理解できた。
「まさか男に興奮する日が来るとはな…」
「この絵は1892年、上野秀作という画家によって描かれた作品です。」
後ろを振り向くと、帽子を目深に被った男がいた。
「絵に精通していらっしゃるのですね。」
「この絵のことなら何でも聞いてください。」
では、と私は切り出した。
「この男の事を伺っても?」
「彼の名は中村陽、上野とは関係があったと言われています。」
「そ、そうですか。」
「こういった話は嫌いでしたか?」
「い、いや…画家とそのモデルの間には、しばしばそのような関係が発生するとは知っていたので…」
「惚れたのですね。」
「えっ違…っ!何というか、悔しいんです。彼を見た時、自分が今まで積み上げてきたものが崩されていくようで…でも、悪い気はしなくて…」
男は下を向いていたが、私は話し続けた。
ふと時計を見ると、午後三時を回っていた。そろそろ退出しようと、私は男に声をかけた。
「色々と教えてくださって、ありがとうございました。そういえば、お名前を伺っていませんでしたね。」
男は帽子を取って答えた。
「中村陽、です」
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