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彼は、同姓同名の他人と片付けるにはあまりに似すぎていた。 「―?待って!」 我に返って呼び止めたが、そこに姿はなかった。 「すみません、先程出て行った男はどっちに行きました?」 「はあ、そのような方は…」 受付嬢の答えも要領を得なかった。仕方ないので、私は駅へと向かった。 家へ着くと、私は真っ先にパソコンを開いた。 「『上野秀作』で検索…」 一番上のサイトをクリックした。 ・上野秀作(1870~95 享年二十五)  夭折の画家。上流の家に生まれるも倒幕によって没落したため、質素な暮らしをした。十一歳の時に大火によって親族を全員失う。その後は絵を売りながら生活した。95年に病死。作品は戦火のためほとんど失われ、現存するものは『蜜柑』、『地図を見る男』の二作である。 「これだけかよ…」 注目を集めなかった画家なのだろうか、情報量が少なすぎる。私は数少ないピースをもとに彼のことを調べていった。 私は一冊のノートを用意し、得た情報を書き留めていった。 ・上野が体験した大火は、おそらく1881年の神田の大火と思われる ・生涯独身だったため、上野家は断絶 ・残りの作品『蜜柑』は、昭和63年にアメリカの実業家によって買い取られた 初日は振るわなかったが、時間をかけて調べるうちに様々なことが分かってきた。 一か月後、私は再び展覧会に赴いた。 行く当てのない私は、納屋を仮の住まいとすることにした。中には漬物樽もあって、当分の間は食料には困らなそうだった。町へ出ると、住宅の建設が進められている中に、多くの物乞いがいた。 「兄ちゃん、恵んでおくれ…」 私は懐を探ったが、銭は無かった。私はその場を去った。もし大火が起こらなかったらこの人達も私もそれなりの暮らしができたのでは、と夢想してみるが、その度に物乞いたちが私を現実へ呼び戻す。 納屋で生活し始めてから二週間がたった。食料も尽きかけ、今後の身の振り方を考えていると、ふと例の箱が目に入った。 「これで絵でも描いてみるか。なんて…」 中に入った筆を見ながら呟いた。画家になるかどうかはともかく、時間をつぶすにはいい、と思い中にあった紙と墨を探し出した。 「何を書くかな…そうだ、蜜柑が食べてえな…」
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