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「糸井さんに……ここで俺と会うことを話したの?」
俺の問いかけに彼女は繰り返し首を横に振った。
それでもここに誠也が現れたのは、これも神が与えた試練なのかもしれない。
けれど愛欲にまみれた汚い男だと思われても……彼女の父親の願いだけは叶えてあげたい。
交差点の向こうの誠也は、怒りを剥き出しにした瞳で俺を見つめている。
彼女とふたりだけで話せる時間は、この信号が青に変わるまでの僅かな時間しかないと思った俺は、泣いている彼女に言葉を放った。
「確かに最初は阿部さんの親父さんの言葉を思い出して、君を放っておけないって思った。
だけど……それを義務だと思ったことはこの五年間一度もない」
今更こんなことを言っても、もう彼女は俺を信じてくれないだろう。
だけど……彼女だけはここから歩み出して欲しい。
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