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◇
渋谷は結局、本当に私の住んでいるマンションの部屋の前まで送ってくれた。
歩いている間は、三課の事や他愛も無い世間話をして特に気まずくなる事も無くて。ああこの人、女性に慣れているんだなとずっと繋がれている掌にどことなく寂しさを覚えた。
きっと、渋谷からしてみたらスキンシップの一部なんだろうからね、これも。
「…送ってくれてありがとう。」
「うん。」
「……。」
「……。」
…なぜ、手を離さない、渋谷。
「…言っとくけど、中には入れないよ。」
「そ?」
「送りオオカミは無しじゃなかったの?」
「言いました?俺、そんな事。」
繋いでる右手に力が籠って、ドアに背中を押し付けられる。そのまま渋谷の頭がコテンと肩に乗っかった。
「結局、智ちゃんと連絡先交換しちゃったね。」
「ちょっと」と抗議をしようとしていた声が喉元で止まる。
見てたの?
私と橘さんのやり取りを。
「だから、皆を言いくるめて俺が同行したのに。」
「い、言いくるめ…?」
「そうだよ?別に課長や高橋に気を使ったわけじゃないよ。
智ちゃんて真面目で相手への気遣いが半端ない人だからさ。打ち合わせつったって、夜に呼び出すってよっぽどだって俺にはわかったわけ。」
渋谷の顔が動いて、微かに耳の後ろに眼鏡のフレームがぶつかった。
「…俺は真理さんを守りに行っただけ。」
掠れた声が直接耳に注ぎ込まれて、心音がドクンと跳ねる。
渋谷が身体を起こして、右手が解放された。
今度はハッキリと見えた黒縁眼鏡のレンズの向こう側。
色素の薄めなブラウンがかった瞳が煌めきを放って少し揺らいでいた。
渋谷を纏う空気も、その表情も、全てが儚く柔らかい気がして目を逸らせない。
「…『今回の異動で初めて』じゃないよ。
真理さんと出会ったのも、話したのも。」
「おやすみなさい」と去って行く渋谷の背中が見えなくなるまでその場で見つめていた。
私…渋谷とどこかで出会っていたの?
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