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◇
「…さん?真理さんてば!」
「え?ああ…ごめん。」
「どうしたの?さっきから。」
橘さんとの約束の時間より30分早く東栄デパートに着いて、渋谷と高橋と打ち合わせの確認…のはずだった。
どうしても頭を離れない亨の冷たい目線。
仕事に集中出来ずに、タブレットを見ながら軽い確認のはずが全く頭に入って来なくて何度も言い間違えたり、同じ箇所を読んだり。
私のあまりにもおかしな異変に、渋谷はもとより、高橋まで首を傾げて心配そうに見ている。
…まずいな、このままだと。
ちょっと気持ちを落ち着けてこよう。
タブレットを高橋に預けて荷物を置くためにお借りしたスタッフ休憩室へと逃げ込んだ。
亨…今までよりも冷たい眼をしていた気がする。
それとも、離れていたからそう感じるだけ?
渋谷とあんな事をした後だから、後ろめたさを感じたとか?
掴まれた腕の感触が蘇って身震いする。ドアがガチャリと音を立てて振り向くよりも先に背中から身体が包まれた。
「し、渋谷…」
「俺が給湯室から出て行った後、なんかあった?」
渋谷の身体の温もりが自分の体温を包み込んで、そこに安心感が生まれる。気持がすーっと落ち着いた。
同時に唇を噛み締める。
私もまだまだだな、私情を現場に持ち込むなんて。
亨の冷たい眼なんて、今に始まった事じゃない。彼は真面目な顔をするとそう見えるんだから。
もう一度息を吐いて、目一杯お腹に力を込めた。
「大丈夫に決まってるでしょ!ちょっと寝不足だからぼーっとしちゃっただけ。」
「ほら、離れて!」と腕を解いて笑顔を向ける。
「高橋も頑張ってるし渋谷もいるから。この仕事は大丈夫って、私もちょっと油断してるのかも。」
「頼りにしてるよ?」と左腕を一度軽く叩いて横をすり抜ける瞬間、腕を掴まれ、身体をそのまま反転させられて背中にドアがぶつかった。
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