黒縁眼鏡と疑心暗鬼

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◇ 橘さんが連れて行ってくれた所は、都会の喧噪を少し離れた裏路地の隠れ家的なバーだった。 店内には心地いいジャズが流れていてそれにシェイカーの音が混ざり合い、ムードを盛り上げて心地の良い空間を作っている。 さすがだな…こんなに素敵な所を知っているなんて。 カウンターに横並びに腰掛けた後、橘さんが「どう?」と少し私を覗き込んだ。 「…勉強になります」 感心しきりに見回しながら答えた私をハハッと楽しげに笑う。 「だって、雰囲気の緩急が素晴らしいですよ? 落ち着いた中に明るさがあって。それでいて、時間の流れはゆっくりで…。」 「さすがは木元さん。いい反応で嬉しいわ。だけど、今日は仕事は抜きでどう? 俺としては、木元さんを口説きに来てる訳だしさ」 「また…橘さんはすぐにそうやって…」 非の打ち所が無い程に綺麗な眼差しを向けられて恥ずかしくなり俯いたタイミングで、綺麗な虹色のカクテルが目の前に置かれた。 「智ちゃん、焦り過ぎ! はい、真理ちゃん!このカクテルね、智ちゃんが真理ちゃんをここに飲みに連れて来た時にって、ずーっと考えてたんだよ?」 「おい!よけいな事しゃべんなって」 こんなにフランクな感じって、バーテンさんにしては珍しいタイプなのでは…。バーテンのイメージってどちらかと言うと物静かにお客様の話を聞いている感じが多いのに。それとも私のリサーチ不足なのかな…? 当の本人は、目が合うとニコリと笑顔を向ける。落ち着いてはいるけれど、どちらかと言うと子供の様なあどけなさがあってスラリと伸びた身長とアンバランスにも思えた。 「つい一ヶ月前かな?智ちゃんが『カクテルを今から言う人のイメージで作ってほしい』って言い出してさ…俺、言われた通りに再現すんの超苦労したもん。」 だけどアンバランスはそのフレンドリーな会話が絶妙にカバーしている気がする。無意識か意識的かは分からないし、橘さんが相手だからなのかもしれないけれど、きっとこの人の魅力として確立されたものなのだなと感心を抱いた。
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