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『木元さん、頑張ってくれているから』
橘さんの笑顔が浮かんで無性に声が聞きたくなった。
事の次第を報告すると言う名目もあるし…連絡しよう。
「私、橘さんに連絡入れなきゃ。」
咄嗟に取り出したのは、仕事用ではなく自分のスマホ。踵を返した途端に渋谷に腕をつかまれて引き寄せられた。
「ちょ、ちょっと離してよ!」
「やだ。智ちゃんになんか連絡させない。」
同じ事。
こうやって口説かれて、心が揺れた所で亨が渋谷に変わっただけの事じゃない。
これだけ嫌われている分際で社内恋愛なんて無理なんだよ。
「真理さん、もっと俺を頼ってよ…。」
そんな甘い言葉にはもう騙されない。
「私の事なんて何にも知らないくせに、口説いてんじゃない!」
力を目一杯込めて渋谷を振りほどいたら、気持ちが張り裂けそうに痛みを感じて視界が一気にぼやけた。
もう嫌だ…。
「放っといて、私の事は。
あんただって、私となんか居ない方がいい。私と居たらあんたの為にならない。」
ズキズキ痛む気持ちを押し殺して、なるべく冷静に勤めようとゆっくりと言葉を前に押し出した。
「あんたが望むなら、いくらでもあんたの陰で仕事する。その位、仕事が出来るって尊敬してるから。」
一瞬の沈黙の後、深い溜め息が渋谷から溢れた。
「俺はそんなの望んでないって言ってんじゃん。信じてくんないんだ。」
…そうであって欲しいって思ってる。
だけど、ごめん。
そんなに素直に渋谷の言葉を受け入れられるキャパは今の私には無い。
「…ごめん。」
渋谷の横を通り過ぎ、スマホを握りしめたまま廊下へと出て屋上へ向かった。
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