第1章

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脳科学の分野で国内五指に入るエス博士は目の前の夫妻を見てため息をついた。 男性は28歳大手商事会社に勤務。女性は26歳、都内の女子大を卒業し会社勤務を経て知人の紹介で結婚した。そろって美男美女の他人がみたらうらやましいばかりのカップルだ。 結婚してまだ2年、幸せの絶頂にいるはずの2人が血色を失い青い顔を並べているのには理由があった。1週間前、2人が高速道路を運転中、ハンドルを切り損ね、ガードレールに突っ込む大事故を起こしたのだ。奇跡的に二人のけがは軽いものであったがひとつの問題が起きた。これもまたある意味奇跡的なことだった、二人そろって記憶を失ってしまったのだ。 エス博士には助手がいた彼はつぶやいた。 「博士、変わったケースですね。二人一度に、それも夫妻そろって記憶を失ってしまうなんて。」 博士はうなずいた。 「ああ、しかも夫妻であった記憶がすっぽり欠落しているなんて、はじめてだ。まあ仕方ない、考えようによっては治療中、一方がが思い出し、それに刺激を受けて相手も思い出す」なんてこともあるかもしれない。前向きに考えよう。」 こうして、夫妻は週に一度博士のカウンセリングを受けることになった。 最初に変化が起きたのは主人の方だった。 「先生、ぼんやりとですが頭に思い浮んできた事があるんです。」 「そうですか!でもあわてず頭に浮かんだことをゆっくり話してみてください。」 「横浜...。Y公園。そこで彼女と二人で出かけたような。」 「よし「、じゃあ現地へ行ってみましょう。思い出すかもしれん。」 エス博士と助手と夫妻はY公園へと車を走らせた。 公園は海沿いにあり、浜風が心地よくデート場所として人気のあるようだった。 「ああ、そうだここで船を背景に指輪と赤いスカーフをプレゼントして告白したんだ。」 博士は奥さんに確認してみた。 「申し訳ありません。思い出そうと頑張っているんですがどうしても思い出せないんです。」 少し公園を歩いてみた。夫妻をみる。美男」美女で様になっている。ご主人の話が確かならすぐ思い出せそうなものだが奥さんには変化がなかった。これ以上進展がなく博士たちはクリニックに引き返した。 戻ると博士は落胆した夫妻を励ました。 「何、一度にはむりですよ、じっくり、ゆっくりいけば今に思い出しますよ。」
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