第1章

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夫妻は少し落ち着いたようでしばらくして帰って行った。その後助手は言った。 「博士、おしかったですね。」 「まあ、一度にうまくいくとは考えていない。少し前進したと思えば上出来だ。」 「そうですね。次に期待しましょう。」 次のカウンセリングで変化があったのは奥さんの方だった。 「先生、頭の中で絵が浮かんできます。そう、公園です!横浜のY公園ではなくてお台場のK公園です。」 「そうですか、海が見える公園でも横浜ではなくお台場ですか。」 今回も博士以下4人は公園へ向かった。到着し、波の音を聞きながら歩いているうちに奥さんは思い出したと見えしゃべりだした。 「そうだ、ここで指輪を彼からもらい、私は彼にベージュのコートをプレゼントしたんだわ。」 彼女の頬は朱に染まり、希望をつかみとらんばかりの顔をした。 博士は主人にたずねた。 「すみません。どうしても思い出せない。」 今度は主人が申し訳なさそうに言った。 前回と同じく公園を散策したがまたこれ以上の進展はなかった。 博士は残念そうに言った。 「寒くなってきたことだし、もう帰りましょう。」 こうして一同は今回もクリニックへ帰って行った。 2人が帰ったあと助手はエス博士に言った。 「いやー、まいった。完全に袋小路に迷い混んでしまったようですね。」 「ああ、このままでは治療が進まん...。よし、ちと荒治療だが逆を試してみるか。」 「というと。」 「今まで2人の美しい思い出を掘り起こしてきたが、今度はこちらが苦しかった思い出を再現して2人に見せてみよう。一種のショック療法だ。まあ、みてなさい。」 そして一週間後、博士は2人をある場所へ連れて行った。そこは都内はずれにある安アパートだった。 最初に変化があったのは主人だった。 「ああ、何か懐かしいきがする。このすすけた壁、古ぼけた匂い。そうだ、昔ここで妻と住んでいた気がする。」 博士は思わず両手をたたき喜んだ。 「そうです。あなたがた2人はそれぞれのご両親に結婚を猛反対された。そこで、若さの勢いも手伝って2人で駆け落ちをした。最後にたどり着いたのがこのアパートです。」 奥さんも思い出したようだ。目から涙があふれてきた。 「ああ、懐かしい。2人でここへ来て、愛し合って同棲をはじめたのに、喧嘩ばかりして。怒鳴りあったり、口をきかなかったり、でも仲直りして。」
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