第1章

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博士は安堵の表情を浮かべた。 「やっと思い出したようですね。管理人さんも言ってました。派手な喧嘩をいつもしてでもすぐに元のさやに納まって、一時はそれぞれ別の恋人を作ってたそうです。管理人さんも別れたとおもっていたようでした。結婚したことを伝えたらば手放しで喜んでいましたよ。おめでとう、壁が高かった分、乗り越えて得たものは大きかったんだろうとおっしゃってました。」 2人は顔を赤らめた。 博士は話をつづけた。 「これで完治したも同然です。あとはあせらずゆっくり、治療していけばすべてを思い出せるでしょう。さて、もう日も落ちてきたことだし引き揚げますか。」 「先生、本当にありがとうございます。」 夫妻は声をそろえて礼を言った。 博士の予想どおり治療は順調に進んだ。もう8割方思い出したようだ。 今週もカウンセリングが終わり2人が帰った後、博士と助手はコーヒーを飲みながら話し合った。 「博士、これで2人の記憶が完全に戻るのも時間の問題ですね。」 「うむ、でもまだちょっと気になることがあってね。」 「ほう、それはなんですか。」 「ほら、2人がそれぞれ思い出した公園の思い出があったろう。どちらが正解かその後のカウンセリングでもはっきりしなくてね。」 「そうですね。プレゼントも食い違ってましたよね。男が女に赤いスカーフをプレゼントしたか、女が男にベージュのコートをプレゼントしたか。」 「小骨がのどにつっかえた感じだがそのうちはっきりするだろう。」 暖かい事務室の歓談のひとときは受付の娘が慌てて入ってきたことで終わった。 受付嬢は入るなり、博士に用件を告げた。 「先生にどうしてもお会いしたいという方が2人お見えになっているのですがいかがいたしましょうか。」 博士は顔をしかめた。 「後にできないかな、第一今は休憩時間だろう。」 受付嬢はひるむことなく答えた。 「至急の事情だそうです。」 「どういった内容だね。」 女の子はいったん咳払いをしてから言葉をだした。 「先ほど2人と申しましたが、それぞれ赤の他人同士で別々にいらした方々です。ただ、驚かないでください、偶然にも用件は一緒なんですの。先生のところで治療している交通事故にあったご夫妻、2人ともそれぞれその一方が自分の恋人かもしれないとおっしゃっているんです。」 博士と助手は顔を見合わせた。 「本当かね。」
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