S彼がMを殺した

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S彼がMを殺した

 転倒する瞬間ごぐっという鈍い音といっしょに、女の短い悲鳴を聴いた気がした。 「おい、ミチコ」  声がかすかに二重に響く。興奮しているせいか、感覚がおかしくなっているのかもしれない。  カーテンを引いたヴェランダ窓の桟の出っ張りを枕にするように、あおむけに、下半身を横に捻ったかたちで実智子(みちこ)は倒れている。  紺のスキニーデニムを履いた脚は両膝を曲げたまま、グレイのニットセーターから伸びる痩せた腕はバンザイのポーズ。かたわらにはチャコールブラックのピーコートと、口の開いた紫のショルダーバッグが転がっている。 「おい、ミチコ死んだのか」  小さな円テーブルと脚付きベッド、あとはテレビと据え置きゲーム機ぐらいしか家具のない八畳の部屋に、低く掠れた声は妙に反響した。  どうも神経が麻痺したみたいに、ふわふわとした感じが躰につきまとう。実智子に近づくとき、延長コードにつま先を引っ掛けコンセントが抜けてしまった。  実智子の顔を覗きこむと、睫毛の短い一重瞼のタレ目は両方とも涙に濡れ、大きく白眼を剥いている。だらしなく開いたおちょぼ口からは一筋、涎が垂れていた。  驚きの表情で固まった薄化粧の丸顔には、見るからに生気がない。 「おい、大丈夫か」  マヌケな言葉だな、とおもいつつ首をふった。一目で実智子が息をしていないのはわかっている。  いつもの調教するときの(、、、、、、、)調子でショートボブの茶髪を前から掴みもちあげてみると、後頭部が真っ赤にパックリ裂けていた。サッシの角にはべったりと血が付着し、閉じたヴェランダの窓枠にも届いている。 「あーあ、ミチコ殺しちゃったか」  あきらめたようにつぶやいた言葉を今度はドライに、違和感なく受けとめられた。やっとマトモになったか。  ふいに実智子の低い団子鼻からすーっと鮮血が流れでてきて、ぽとり、と床にしたたり落ちた。  急に生ぬるい感触が意識され、反射的に手を離す。実智子の頭部は力なくカーペットにぶつかった。  キモ。  キモい。  高ぶっていた感情がクールダウンしたとき、真っ先におもったことはまずそれ(、、)だった。  はあ?  キモすぎ。  ミチコ、なに死んでんの。  このクソ女が。  なに勝手に死んでんだよ。  ぐったりと横たわる屍体を見下ろしながら次に脳裡に浮かんできたのは、直前にあった実智子とのやりとりだった。
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