甘い贄

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 噛みついた綾女の肩は柔らかくて、痺れるような良い匂いがして、ドクドクと脈打つ心臓の音が、迫りくる別れの時を数えるようで。  恐ろしさと恍惚が混ざり合い、僕は泣きながら呟いた。 「逃げようよ……綾女、一緒に。綾女が供物になるの、嫌だ……!」 「逃げる……? 下には富子がいて見張りをしてるわ」 「そこのベランダから。手摺りに帯を結んで掴まって外に……!」  僕が引き窓を開けた瞬間、紫紺色の空がザワッと震えた。   「…………!」  外の光景が、見た事もない木々の生い茂る鬱蒼とした森に様変わりしている。  庇のあるベランダが掻き消え、窓は竹小舞が露出した土壁に変化し今はもう明かり取りの小さな格子だけ。  そこから下を覗き込むと、草木の狭間で一羽のカラスがこちらを見上げギャアッと鳴いた。 「……ほら、見張ってる」  そう言った綾女の横顔を、冴え冴えとした青い月が照らす。 「ザクロは血の味、肉の味……。この祠の周りはザクロの木ばかり……」  歌うように囁いて、今度は綾女が僕の手を取り指先を口に含む。 「昔、子供の代わりにザクロを食べてくれと言って人間が植えたの。でも血肉はザクロとは違う……どんな味がすると思う?」 「……甘、い……」
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