お静かに願います。

2/15
39人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
本には声があるの、と彼女は言う。 例えば、アリアトの『ガルペス夫人』は舌足らずな幼子の声、マイケル・モルの『王妃シャカナの指』は神経質そうな甲高い声。 農夫の平凡な日常を高らかに賛美した儒江の『帰らざる日々』なんて、実際にはけだるく口ごもった声をしているの、と初恋を語る少女のようにまくしたてる。 わずかに頬を紅潮させて、二ノ宮晴香はこうしめくくるのだ。 「本の声を知ると、物語はまるで違った世界を見せてくれるのよ」 校内の本好きを自称する生徒たちも、彼女の熱弁には気おくれせざるをえない。 「二ノ宮さんの感想は、実にユニークだわ。文字から声を読み取るなんて、想像力が豊かなのね」 友人たちの返答に、彼女はいつも肩を落とす。みんなは、本の声を心象の形容だと思っているのだろうと。 本当に、本には声があるのよ! 制服ブレザーの袖口を引っ張ってまで真実を伝えたい、という気持ちを押し殺す。でも、肩を落とすと同時に、優越感にも浸る。 本の声は、私にしか聞こえないのね。 内なる言葉を飲みこんで、二ノ宮晴香は、決まって柔和な笑みだけを返すのだ。  ※ ※ ※ ※ ※
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!