乱鴉

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大方元恢はもともと本州の人である。 鎌倉の寿福寺にて臨済宗に学んだ事から、日本臨済宗の開祖である栄西祖師が建立したという日本最初の禅道場で修業したいと思い立ち、はるばる九州まで流れてきた。 栄西が居なければ、日本にこれほど禅宗は根付かなかったかもしれない。すでに日本仏教は密教を中心として、政争の道具に成り下がっていた。 宋に渡って臨済宗黄龍派で禅の心に触れた栄西は、仏教の立て直しにはこれしかないと思い決めて、日本に持ち帰った。 比叡山の猛烈な逆風に耐え、融和と協調の方針を貫き、ついには厳しくも明快な禅の教義を広めて行ったのだ。 その人柄に心服している僧は非常に多い。 日本曹洞宗の開祖道元も、晩年の栄西に師事している。
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