旅立ち

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恵良惟澄は武光の母の弟で、武光とはちょうど一回りほど歳の差があるが、甥の武光を歳の離れた弟のように可愛がってくれた。 阿蘇大宮司家に跡取りが居ないため阿蘇家に婿入りしているが、普段は所領の御船に居る為頻繁に顔を出しては武光の稽古にも付き合ってくれる、良い兄貴分である。 阿蘇にあまり寄り付かないのは武光が心配だというのもあるが、あまり妻とうまくいっていないというのが本音らしい。 黒幕が誰かというのは、さすがに聞くのが憚られた。 そこまで深く知ってしまうのは、現世の業に関わり過ぎている。 むしろこれまで聞いてしまった己の興味本位を大方は恥じていた。 しかし秀山祖師はなぜ武光と旅をせよと言ったのだろう。 武光が指摘したように、政の世界に関わりを持てという事なのであろうか? 禅僧が悟りの道を求める事と、あまりにも進む方向が違うように思える。 腐臭を放ちはじめている幕府政治が今の世を暗くしているというのは理解できるが、その事と仏道を志す自分達とどういう関わりがあるのか。 その夜はそれぞれの物思いに沈んだ長い夜となった。
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