動き出す『者』と、“浮上[あ]”がり出した『モノ』-2

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  「いや、次の講習の単位はもう既に取ってあるから、まぁー、別に出なくても平気だな。  それがどうかしたか?」 「あぁ。オマエに、ちょっと付き合ってもらいてえ事があってな」  恵分がニヤニヤと笑ったまま洋一を見ると、弁当を食べ終えた洋一は、その弁当箱と箸をイチゴ柄の巾着袋に入れ、それをバッグにしまいながら気怠く欠伸をして立ち上がった。 「それは、どういった内容でだよ?」 「なに、ちょっと簡単な事をやってもらいてえだけだ」  恵分が、黒い笑みを浮かべて洋一を見つめている。 「(うわっ。来たよコレ)」  この場合、大半の確率で、彼女は洋一にとって面倒な内容を頼んでくる。  この前は、翌桧のイベントのお付き合いとそれの報告。  それの更に前なんかは、恵分の描くマンガのペン入れやベタ塗りがあった。  しかもその時は、洋一に拒否権は一切無し。「はい」の一択で、完全に強制だ。 「やっぱ俺、講習に行ってくるわ」  面倒臭さと不利益を感じた洋一は、この場から逃げだそうと、そそくさと歩き出して、彼女の前を通り過ぎた。  その時、  ──ガシッ!  彼女が、洋一の右腕を強く掴んだ。 「う゛……っ」 「洋一くん。ウソはイケないぜ?」  彼女の台詞を聞きながら、洋一はギシギシと音を立てて、ぎこちない動作で彼女の方へと振り返った。  真っ黒く澱んだ重苦しい空気が、どす黒く笑んだ彼女を包み込んでいる。  こうなったら、もう逃げられない。 「おとなしく付き合えよ。その方が、オマエの身のためだ」 「うぅ……」  ──やられた。  洋一はガクリとうなだれて頷くと、恵分が、さっきまで包み込んでいた重苦しい空気を一瞬で消し払い、そのまま洋一の腕を引っ張って、芸術学部の校舎内へと歩き出した。  屋上のドアを開けて階段を下り、噴水が噴き出す中庭が見渡せる廊下を、ひたすら奥へ奥へと歩いて進む。  
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