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「いや、次の講習の単位はもう既に取ってあるから、まぁー、別に出なくても平気だな。
それがどうかしたか?」
「あぁ。オマエに、ちょっと付き合ってもらいてえ事があってな」
恵分がニヤニヤと笑ったまま洋一を見ると、弁当を食べ終えた洋一は、その弁当箱と箸をイチゴ柄の巾着袋に入れ、それをバッグにしまいながら気怠く欠伸をして立ち上がった。
「それは、どういった内容でだよ?」
「なに、ちょっと簡単な事をやってもらいてえだけだ」
恵分が、黒い笑みを浮かべて洋一を見つめている。
「(うわっ。来たよコレ)」
この場合、大半の確率で、彼女は洋一にとって面倒な内容を頼んでくる。
この前は、翌桧のイベントのお付き合いとそれの報告。
それの更に前なんかは、恵分の描くマンガのペン入れやベタ塗りがあった。
しかもその時は、洋一に拒否権は一切無し。「はい」の一択で、完全に強制だ。
「やっぱ俺、講習に行ってくるわ」
面倒臭さと不利益を感じた洋一は、この場から逃げだそうと、そそくさと歩き出して、彼女の前を通り過ぎた。
その時、
──ガシッ!
彼女が、洋一の右腕を強く掴んだ。
「う゛……っ」
「洋一くん。ウソはイケないぜ?」
彼女の台詞を聞きながら、洋一はギシギシと音を立てて、ぎこちない動作で彼女の方へと振り返った。
真っ黒く澱んだ重苦しい空気が、どす黒く笑んだ彼女を包み込んでいる。
こうなったら、もう逃げられない。
「おとなしく付き合えよ。その方が、オマエの身のためだ」
「うぅ……」
──やられた。
洋一はガクリとうなだれて頷くと、恵分が、さっきまで包み込んでいた重苦しい空気を一瞬で消し払い、そのまま洋一の腕を引っ張って、芸術学部の校舎内へと歩き出した。
屋上のドアを開けて階段を下り、噴水が噴き出す中庭が見渡せる廊下を、ひたすら奥へ奥へと歩いて進む。
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