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薬局への納品を済ませ、周りの色々なところを見回しながら車へと戻る。
受付…待合室…階段にエレベーター…父が入院している間に何度か通っているはずの場所だ。
私は携帯電話で納品終了の報告をすると、車のエンジンをかけるべく鍵を刺し込んだ…が、その手を止めた。
「…薄情な娘だな…私は…。」
ハンドルに手をかけ顔を伏せた私はポツリとそう呟いた。
父が死んだ日に一度だけ通った地下通路を覚えていて、生きている時に何度も通ったはずの場所が記憶に残っていない事がショックだった。
「…だからあんな約束をお父さんにさせたんだよな…。」
後悔と懺悔の念が涙として溢れ、私の頬を伝い落ちた。
「お父さん!私ね、トランペットで曲が吹けるようになったよ!」
小学四年生になり金管バンドに入った私は、父の見舞に来る度に報告をしていた。
「そうか…すごいな、飛鳥。」
父はやさしく微笑んで頭を撫でる。
「運動会で金管バンドのパレードがあるんだ、ベレー帽かぶってリボン付けて。」
頭を撫でてもらいながら私は上目で父を見て言葉を続けた。
「…だから、早く元気になって運動会のパレード見に来てね、お父さん!」
…ズキッ…頭に痛みが走る。
あの約束の後、運動会の日を迎えることなく亡くなった父。
当時の私は約束を守ってもらえなかったことが悲しかったが、今は違う。
「…癌患者に酷な約束をさせちゃったよね…お父さん…。」
その時はもう自分の身体がどんな状態なのか知っていたであろう父…どんな思いであの約束を交わしたかと思うと…。
…ズキッ…再び頭に痛みが走る。
「…泣き過ぎたかな…頭痛くなってきちゃった。」
私は涙を拭くと、心の中の父に軽く微笑んだ。
…ズキッ…ズキッ…頭の痛みの間隔が徐々に短くなり強くなってきた。
「…外の空気吸った方が痛みが治まりやすいかなぁ…?」
車から下りた私は何度か深呼吸をした…が、頭痛は治まるどころか酷くなる一方だった。
「──痛っ!」
一際強い痛みに、私は思わず頭を抱えてその場にしゃがみ込む。
脳を直接何かで殴られたかのような痛みが何度続いたのか…次第に意識が遠退いた私はその場に倒れてしまった。
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