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「おはようございまーす。」
ノックをした後、いつものように父の病室に入る。
「あぁナナシさん、いらっしゃい。」
そう言って私を迎える父の横に、いつもはいない三人がいた。
「…お父さん、この人誰?」
少年が父に問いかける…小学六年生の兄だ。
その横で初老の女性と少女が私にお辞儀をする…祖母と…小学四年生の私…。
「ナナシさんだよ、最近友達になったんだ。」
父に紹介されて私も会釈を返した。
「可愛いお子さんたちですね。」
過去の自分や兄を褒めるのは普段なら歯が浮くような台詞を言っているような気分になるのだが、今はそれどころではない。
今日は祝日で学校が休みだからこの三人が見舞に来たのだ。
敬老の日…『父が死ぬ日』に。
「…どうしたの?今日は元気がないじゃない、ナナシさん。」
母に声をかけられて我に返った私は『そんな事ないですよ』と笑顔で返事をした。
…暗い顔をしちゃいけない…良くない事を悟らせてはいけない…私は明るさを取り繕いながら兄妹の相手をしていた。
小さい私と歌を口ずさみながら折り紙をしていると、両親と話をしていた祖母が腰を上げた。
「…もうお昼になるし、そろそろおいとましようか。」
祖母の言葉に兄妹が頷いて帰り支度を始める。
「瑞穂、下まで送ってあげなさい。」
父は母にそう伝えた後、子供の私を呼び止めた。
「…また会える日を待ってるよ…ずっと待ってるからね…。」
父は小さな私にそう言うと、病室を出る四人を見送った…父の最後の言葉はやはり私の記憶通りで、聞き違えてはいなかった。
子供の頃は単純に考えていた言葉だったが、成長するにつれてその言葉には疑問に思うことが出てきていたのだ。
…死の間際に何故『また会える日をずっと待ってる』と言ったのだろう…。
「…もうすぐ運動会だなぁ…。」
考え込んでいた私に、父が不意に声をかけた。
「え?あぁ…そうですねぇ…。」
私はそう答えて微笑むと、父のそばにある椅子に座った。
「…飛鳥と約束したんですよ…退院して運動会を見に行くと…。」
父の言葉に私は『そうですか』と相槌を打つ…私との約束、ちゃんと覚えていてくれたんだ…。
「…でももうその約束を守れそうにないなぁ…。」
父のその呟きに、私の顔からサッと血の気が引いた。
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