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「心配しなくても、講義をサボったりなんかしてませんよ。先輩じゃないんですから」
「俺だって院に入るまでは真面目に行ってたんだからな。これでも」
「今真面目じゃなきゃ意味ないですって。全く……」
呆れながら、香西がティーカップにお湯を注いでいく。
部屋中に、紅茶の良い香りが漂い始めた。
「できましたよ」
香西の呼びかけを聞いて、椅子から立ち上がり、テーブルの上の紅茶を冷ましながらすすった。
「うん。美味い。朝はやっぱり紅茶に限るな」
「それは良かったです」
やんわりと、香西の表情がほぐれる。
そのまま、香西の座る椅子の正面に、俺も腰を下ろした。
俺も香西も、T大学に通う生徒だ。
同じサークルかつ、同じ工学部ということもあってか、そこそこ顔合わせることも多く、俺自身、香西に懐かれているという自覚はある。
ただそれが、なにか邪推されるような関係に繋がるかということはさておいて。
年は三つ離れているが、俺が院一年なのに対して、香西は大学三年生となっている。
要するに、俺が一年ダブっているのだ。
就職活動に失敗して、途方もなく当てを探しているところに、教授が「ウチに来るか?」と声をかけてくれたのが二年前。
なんとか院生という就職活動からの免罪符を得た俺は、その恩を仇で返すがどこく、未だモラトリアムにピリオドを付けられずにいた。
「……」
俺は何気なく、目の前でふぅふぅと息で冷ましながら紅茶を飲む香西のことを眺めていた。
その視線に気付いたのか、紅茶を手に持ったまま、上目遣いで俺を見る。
「なんですか?」
不安や嫌悪ではない、純粋な疑問。
小動物のような彼女を見ていると、時々意味もなく笑みが零れ出す。
「いや、別になにも」
「ふーん。変な先輩」
そう言うと、さして興味がなかったのか、また紅茶をゆっくりと啜った。
「……また、作ってたんですか。飛行機」
カチャリと、ティーカップが音を立てた。
言葉とは裏腹に、相変わらず紅茶と格闘している香西に、俺は目を合わせることができなかった。
「まぁ、な」
鳥人間コンテストサークル。
それが、俺の所属している団体の名前だ。
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