第1章

7/8
前へ
/8ページ
次へ
結論から言えば、初フライトは成功に終わった。 後輩たちも「すげー!」の連続で、いい刺激を与えられたんじゃないかと思う。 ただ、俺はなぜか、その事実に心から笑うことができなかった。 部員が帰り、日が暮れても、俺は帰ることができずにまた工房に一人でこもっていた。 求めていたはずの声援、結果。 あとは、大会で自己記録を超えて、名を残すことができれば、俺は満足だったはずなのに。 俺の心は、高揚感とは程遠い錆びた炎が、青色を思い出すかのようにユラユラと揺れるばかりだった。 「やっぱり、ここにいたんですね。先輩」 ハッとして顔を上げると、扉の前には、香西が立っていた。 扉は、相変わらず鈍い音を立てて空間に俺と香西だけを置き去りにする。 「香西……、お前なんで」 「飛行機。できたんだったらやっぱり見たいじゃないですか。ちょっと、迷いましたけど」 そう言うと、俺の横にしゃがんで、機体に触れた。 「やっぱり、よくできてますね。私じゃ、到底作れない」 感心するように、香西が呟く。 「そんな大したものじゃないさ。こんなの、ちょっと学べば誰でも作れる」 「まぁ、そうですよね」 俺の発言を撤回するでもなく、あっけなく香西はそれに同調した。 そして、また立ち上がり、後ろ手にゆっくりと歩き出した。 「先輩、知ってましたか? 私の所属しているゼミ、先輩と同じなんですよ」 「え……」 「このサークルだってそう。先輩に憧れて入って、ずっと先輩のことだけを見て。……なのに先輩は、ちょっとも私のことを見てくれないどころか、いつの間にか、私の前からもいなくなりました」 「それは……」 「分かってますよ。エゴだってことくらい。就活に失敗して先輩が悩んでいることも、サークルのことを本気で考えて苦しんでいたことも、全部知っていました。でも、ずっと黙ってました。どうしてか、分かりますか?」 俺は黙ったまま、香西の後ろ姿を見つめていた。 そして、小さく首を横に振ると、香西は泣きそうな顔で振り替えた。 「待ってたんですよ。先輩が、言ってくれるのを。辛いって。私に、なにかを求めてくれる日を。でも、もう遅いですよね」 そう言うと、香西は俺の前から姿を消した。 その後ろ姿を、俺はまた、追いかけることができなかった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加