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ほの暗い店内を歩き、カウンターに向かった。昔と変わらない無愛想な表情でグラスを磨いていた店主が、十年ぶりに会う客にチラッと目を向けて言った。
「ゴライアスか」
店主がオレの好きなビールの名を口にした。
忘れられていなかったことに驚きながら、オレはニヤつきそうな表情を引き締めた。
「まずはギネスだろう。ゴライアスはあとだ」
店主は手を休めもしなかった。
「痩せっぽちの小僧が粋がりおって。お前の体格だとハーフだな」
「子供じゃないんだ。パイントでくれ」
初めての時の会話を覚えていた店主が目を細めた。
「元気そうだな」
「あんたも」
「あとで料理を運んでやる。席で待ってろ」
ジョッキを手に開いていた壁際の席に着いた。あの頃の馴染み客は見当たらなかった。
異国の人間が珍しいのか、何人かに見つめられた。
飲みに来た時は必ず誰かにアイリッシュダンスを教わっていた。そのステップをまだ忘れてはいない。踊って見せれば目を剥くに違いなかった。
なかなか料理が運ばれてこなかった。ギネスを飲みながら、オレは演奏に耳を傾けた。
誰かが低い声で、朗々と英語ではない古いケルトの言葉の歌を歌いだした。
男が歌い終わると、若い女性が料理を運んできた。
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