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苺のような鮮やかな赤い髪の色で誰だかすぐに分かった。
「お待たせ」
「あ、ああ……」
オレは焦りながらカウンターを見た。
店主はオレの視線に気づくとニヤッと笑い、すぐにいつもの無愛想な表情に戻した。
「水臭いわ。連絡、くれないなんて」
なじる声も記憶の少女の声ではなく、どこか艶かしかった。
十年ぶりに何を話せばいいのだろう。
君に会いに来たとは言えず、黙ったままフィッシュアンドチップスとコルカノンをつついた。
オレの手を暖かい手が包んだ。
「まだ踊れる?」
「オールドスタイルだったらね」
「そんな年じゃないでしょう」
青い瞳が笑っていた。
いつからそんな笑みを浮かべるようになったのだろう?
手を引かれ、隙間のような舞台に立った。
そこここから、冷やかす声がした。
昔のように二人で顔を見合わせてから気取った会釈をする。拍手が聞こえた。
アイリッシュハープが爪弾かれた。
カッ、足元で床の鳴る音…… カッカッ、思うように足が動かない…… 膝を曲げて一拍置いて、素早く……
ギターの伴奏が重なっていく。
ゆっくりと踊り出すと歓声が上がった。フィドルが奏でられて独特の旋律が次第に速くなっていった。
体が昔を思い出した上体を真っ直ぐ伸ばし、足だけを動かす。
見つめあいながら。
心の高鳴りに合わせ、ステップを早める。
『ずっと待ってるから』
記憶の中の少女の涙声。
「本当に待っていてくれたんだ」
「そう言ったでしょ?」
少女だった愛しい人がクスッと笑った。
- 了 -
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