53人が本棚に入れています
本棚に追加
「ふう、ヤバかったぜ」
数分後、風太はトイレの個室でほっと安堵のため息を吐いた。ここに来てから便意は感じていた。歩く度にそれは強くなっていた。あと数分、ここを見つけるのが遅かったら、かなりの大惨事になっていただろう。教師が公共の場で便を漏らした、そんな風に生徒達の話題を賑わすのは嫌だ。もちろん今は教師でないのは熟知してる。それでも人として嫌だった。
こうして落ち着きを取り戻すと、様々な思考を張り巡らせる。……ここは魂の騎士団という宗教団体の総本山だ。ということは慎治はここの幹部なのだろうか? そして成瀬健一、ケンも関係者なのだろうか? そもそも魂の騎士団とはどんな組織なんだろうか。さっきまではそれを問い質す余裕はなかった。トイレを探すので精一杯だったからだ。
ドアを開けると洗面台に進んで手を洗う。辺りには落ち着いた雰囲気のBGMが流れている。それはロビーに足を踏み入れた時から聞こえていたものだ。爽やかな中にも厳かな威厳が感じ取れる。しかし時おりその中に、獣の呻き声のようなものが聞こえるのは気のせいだろうか。
「どうでしたか相手の様子は?」
「さぁな。まるで霧の中にでもいる心境さ」
不意に別の声が響き渡った。入室してきたのは二人の男、鏡越しに姿が映りこんでいる。一人はがたいのいいボーズ頭の男。もう一人は中肉中背のオールバックの男。共にダーク系のスーツを着込んでいる。
何故だろう、そのオールバックにとてつもない懐かしさを感じる。静かに振り返った。
細身の割りに筋骨隆々の逞しい身体つきだ。どことなし雄々しい覇気を纏っている。サングラスをかけているためその表情は確認できない。風太の視線に気づいたか、怪訝そうに視線を向ける。
一瞬の沈黙。ピンと張り詰めた空気が支配する。
「……小僧、なにを見てやがる?」
声を発したのはボーズの男。威圧するような鋭い眼光を風太に向ける。
「うっす。申し訳ありません」
恐縮そうに頭を下げる風太。そそくさとその場を後にした。
最初のコメントを投稿しよう!