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 チューナーを使うことをとやかく言いたいのではない。和音は音程の正確さもだが、場面によって高低を調節する。  階段の後のハーモニーは音が上がりがちだ。今回は二十小節目から始めたので、そこまで違和感は大きくなかったが。  瑞姫にはそういった事情がわかる。 「いい、きちんと機械で確認して。人の耳なんてあてにならないんだから、正確さを重視してよ」 (……ああ、うざい)  これだ。この知ったかぶりの指揮者。名前を覚える価値もないのだが、木管パートのリーダー、三森。  気の強い、そこそこの腕前のクラリネット奏者。その腕前とリーダーになりたがる性格を買われて学生の指揮者をやっている。  顧問がいないときは今日みたいに演奏に口を出すのだ。  検討違いの意見を、さも自分が正しいかのように。 (ここはチューナーよりも階段を上がった後の和音で止めた方がいいのに)  機械至上主義の彼女が信じるのは精密機器だけ。客観的なデータ、譜面上の指示、それを厳守する。ちなみにバリバリの理系だ。
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