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さっきの演奏もそうだ。
三森の傍若無人な指揮に嫌気がさした。あんなやつの指揮に従いたくないと思った。そこで具合が悪そうに振る舞えば、吹奏楽部の皆はそれを信じてくれる。
表の皮を愛する人間を見るのは快感だった。
「……はー……」
蛇口の水を止める。中座したぶん、もうそろそろ戻らなければ。
本当はこのまま帰ってもいいのだが、たまには大丈夫だと言って戻らないとリアリティーに欠ける。今日は全部投げ出したいほど嫌なイベントでもない。
トイレの窓からわずかにのぞく空はくすんだ灰色だ。
濁り始めた空気を肺に取り入れる。もう一度、深呼吸。段々と己が淀んだものに同化するような錯覚を抱きながらも、瑞姫は女子トイレの扉を押す。
重い足取り。頭にこだまする三森の指示。
「チューナーで確認とか、あり得ない」
音楽室の扉を開く前に、瑞姫は最後の陰口を吐き捨てた。
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