7人が本棚に入れています
本棚に追加
マスターは、ジョーカーに言われたその日から扉が気になって仕方なかった。
それから何度もジョーカーは飲みに来ているが、あれ以来、何も言わない。それが却って扉を意識させた。
ジョーカーは、いつもと変わらず、ふらっと店に来てはカウンターのいつもと同じ席に座り、いつもと同じように煙草で煙のアートを作り出す。煙たそうに目を細め煙草を吸いながらグラスを空にしていく。
ジャックダニエルをストレートで何杯か飲むと、微かに聞こえてきた。
消えそうなくらいの小さな鼻歌。ン…ン…ン…ン………。
キィィ…っと扉が開いて常連客が入って来る。
「いらっしゃいませ。」
カウンターから声をかける。マスターの視線は扉。この店に扉は、入口とトイレ、在庫置場しかない。どこに扉があるのか。
あの扉とは、どこの扉なのか…。
聞き出したい衝動を抑え込む。ここはBar グラン・シャリオン。客が話しかけて来ない限り、余程の事でなければ、こちらから世間話などしない。
ジョーカーの鼻歌がピタッと止まった。
「なぁマスター。」
「はい。」
グラスを磨きながらジョーカーを見た。すると彼は追い討ちをかける一言を口にした。
「扉が増えてるな。」
えっ…?
最初のコメントを投稿しよう!