第1章

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 私は、ずっと隠し続けてきた。  保育園にいる間、ずっと母がいなくて寂しかったことを。  母を恨んでいたことを。  それでも私の元に来てくれて、安心したことを。  卒園式に母が後ろから手を振ってくれて、泣きたいほど嬉しかったことを。  入学式は、もっと可愛いフリルのワンピースを着たかったことを。  その後の毎日は、スカートめくりされるからズボンが良かったことを。  誤情報を元に責め立てる先生からたどたどしいながらも私を庇ってくれ、帰り道に漸く先生への怒りが最高潮に達していた母を、生温かく見てしまったことを。  バカだバカだと毎日怒鳴りながら、それでも、進学したいと言った私の後押しをしてくれ、『バカだからこそ短大卒業の資格が必要だ』と父を説得してくれたことが、心から、ありがたかったことを。  私はすべてを隠して、ただ単純に母を拒絶していた。そう、見せていた。  それで母も私を拒絶するという流れなら、想定範囲内だった。  恨み言をぶつける気力も愛情を得る自信も私にはなかったし、かと言って全てを包含して母を受け入れるようなこともできなかった。  そして、迷いつつも手を差し伸べる母の様子にどこかホッとしつつ、しかしその手は取らなかった。  その続きを想像することが、私にはできなかったのだ。だから怖くて 、手を取れなかった。  手を取るに見合うだけの母への思いが私の中にある自信もなくて、それが後ろめたくもあった。
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