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「何かあったの?」
彼が、座卓の向こう側から私の隣ににじり寄ってきて、顔を覗き込んでくる。
「何か?」
私の問いに答えず、首を傾げて私の顔を見つめたまま、彼が手を伸ばす。タコができたような硬い親指の腹が、私の目の下をなぞった。
水っぽい感触に、私もここにきてようやく気がつく。
「えっ、いや、違うのっ、これはっ」
旦那に叱られて泣いちゃったみたいな状況が、恥ずかしいことこの上ない。
「コレはねっ」
慌てて言い訳しようとした私の喉が詰まる。
しゃっくりが出そうで、それを止めるのに難儀してしまう。
しゃっくり、と言うか。
私が隠したかったのは嗚咽だった。
自分で訳も判らないまま、涙が溢れてくる。
「これは。母の、タバコ。なの」
どの瞬間からか抱き締められていた私は、彼の腕の中で、彼の鎖骨に額を乗せて、ゆっくりと話し始めた。
そう、母が吸うのはいつも、セブンスターだった。
母がいつタバコを覚えたのか、それは判らない。
しかし私が物心ついた頃には既に吸っていた。
いつも、物陰に隠れてこっそりと。
母のそういう姿を見るたびに、私はイライラした。
私に対しては毎日怒鳴るように叱りつけるくせに、旦那や舅姑にタバコを吸う為の交渉もできないのかと、 侮蔑すらした。
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