第1章

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 母が私を愛せないのは仕方ない。  でも私だって、母を認めてなんかないんだからね。  それが、私の基本的なスタンスだった。  その筈だった。  なのに、何で今更、母の吸いかけのタバコに泣かされているんだろう。  溢れ出てくる涙のその源が全く判らない。心当たりがない。  母が死んだその時だって、こんなに泣いてない。  てか、泣いてなかったわ、私。  全く泣いてなかった。  短大出たての私に同棲を強要したと彼を責め立て土下座させ、結婚を迫り、結婚式と披露宴の段取りを早急にまとめた父の影でおろおろしつつ、実のところ父の手綱を引いていた母は、その式の2か月前に突然死んでしまった。  心筋梗塞だった。  6つ下の妹が大号泣していたのが印象的で、葬儀でも参列者が妹の様子に涙を誘われていた。  それでも私は泣くどころか嘆く様子すら見せず、豪胆だとか薄情だとか、お祖母ちゃん子だからとかヒソヒソされてしまった。  私のろくでもない本性が顕になったようで居たたまれなかった。  母が息を引き取った時、妹は強い調子で父を責めていた。母が死んだのは父のせいだと、泣きながら父に迫っていた。  それを目の端に捉えながら、私の息が詰まるかと思った。  責められるべきは、私なのだ。父ではなく。  その事が、葬儀の間もずっと脳内をぐるぐると回っていた。
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