第1章

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「いつもの」 「かしこまりました」 私が働いている古臭い喫茶店には、いつものオジサンと呼ばれる人がいる。 白い髭の生えた、60代に入ったかという風貌のオジサン。 そのいつものオジサンは毎日この店に来ては、毎回同じコーヒーと、タバコを頼む。 私がここで働き始めた頃にはすでに常連様であり、いつものオジサンと呼ばれていた。 はじめは急にいつものと言われても分からず大変だった。その時は頭にはてなを浮かべていると、店長が飛んで来て、頭を下げていたっけ。 しかし今ではもう毎日のことであり、間違えようもない。 「お持ち致しました」 いつものオジサンの前に私はそっといつものコーヒーとタバコを置く。 するといつものオジサンは軽く頭を下げ、必ずコーヒーにまず口をつけるのだ。 そして一口飲んだ後、タバコを一本取り出し、火を付けて、ぷかぷかと吸い始める。 そうしてタバコを吸い終えると、またコーヒーをゆっくりと飲み、飲み終わったあとにもう一度タバコを取り出して吸うのだ。 その一連の決まった動きをするいつものオジサンの周りの空間は、静かに流れるような印象を私に与え、あの人だけは別の時間の進み方の中で生きているような感じさえする。 そんなことを考えていると、タバコを吸い終わったいつものオジサンがふっと立ち上がった。 いつものオジサンはいつもと同じ料金を、必ずお釣りの無いように手渡してくる。 「ありがとうございました」 私のそんないつもの言葉も、もしかしたら一連の動きの1つなのかもしれない。 無言で去っていくオジサンの背中を私は見る。 あぁ、いつも通り軽そうだ。
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